2024年8月11日(日)
中に入って、鳥肌が立った。
すごい!圧巻!







映像、画像では伝わらないから見に行ってほしい!
今日は少し遠出。グエル教会に行ってみる。
グエル教会も昔行ったことがある。無人駅から林の中を抜けて行った記憶。
2人の管理しているおじさんが色々と教えてくれた。
そのうちの1人が、昼ごはんをバルセロナの家に食べに帰るから、車に乗せて行ってあげるよ!と言ってくれた。私はその日飛行機で知り合った女の子とグエル教会に来ていた。貧乏旅行だったので、おじさんの車でバルセロナまで乗せてもらった。その子は英語とフランス語を話せ、おじさんは多分カタルーニャ語とスペイン語とフランス語と英語が少しだけ話せた。私はその頃話せたのは英語をちょっとだけ。なので会話は英語で、わからないところは時々フランス語で、のような会話をしながらバルセロナまで乗せてもらった。どこで下車したのかは全く記憶にないけれど。
子供たちを少し早めに起こし、9時ごろ出発。

距離はあるけどバスでスペイン広場まで1本。
スペイン広場でカタルーニャ鉄道に乗る。グエル教会はバルセロナからちょっと遠いけれど、例外的にゾーン1になっているよう。
地下の乗り場から出発したのが10時近く。
グエル教会のある駅に着いたけれど、とにかく人気がない。
グエル教会へは、林を抜ける記憶だったけれど記憶違いか、舗装された道から公園を抜けインフォメーションセンターへ。不気味なくらい人気がなく、公園も誰も歩いていなかったけれど、インフォメーションセンターはやっていた。

そこでチケットを購入すると、今は町全体観光名所を設けているらしく、案内マップにはグエル教会以外の建物も載っていた。
グエル教会は、、、音声ガイドも借りて説明をうけたけれど、以前のような感動はなかったな。建物も不思議な形状だし、ステンドグラスもかわいいし、ガウディが設計したイスもあるけれど、ふーん、、、という具合。なんだろう。前の感動が忘れられず、期待しすぎたかな。




グエル教会を見終えて、ちょっと休憩にBARでも寄ろうかとなったけれど、近くのBARはやっておらず、ちょっとお散歩をして
そのまま駅に向かった。



駅について時刻表をみると、わりとすぐ電車がくるようだった。無人駅なのであまり長くは滞在したくない。ところが、待っても待っても電車はやってこない。

15分くらいして一組のご夫婦がやってきたので、『今日は休日ですか?』ときいてみたけど、その方々も平日と認識しているようだった。
休日ダイヤに書いてある時間にようやく電車がやってきた。もうお腹ペコペコ。
スペイン広場について、地下からそのままショッピングモールに入り、目についたアジアン料理屋に入った。
メニューデルディア(定食)が意外と安かった。



スペイン広場からすぐのミース・ファン・デル・ローエのバルセロナパビリオンにも寄りたかったけれど、無人駅で電車を待っている間に疲れてしまい、そのままバスで帰宅。
夕方、近くの蚤の市、エンカンツ市場へ。

2024年8月9日(金)バルセロナ到着
飛行機から下を観ると海の向こうにバルセロナの街が広がっていた

一度は真剣に住みたいと考えた街に25年ぶりに旅行者として子供
またすぐ訪れるはずが21年経ってしまった。
飛行機から降りて税関までの道のりはほとんど覚えていない。
手荷物受取所に両替所があったので上の娘を連れてレー
到着ロビーでATMを見つけたので早速長女を連れ操作してみる。

ターミナル2は明らかに1より古くて汚い。
ここで私だけトイレに行った。
この時気になっていたのは交通機関の1カ月券をちゃんと買えるか
ターミナル2の中心にあるエスカレーターを上がりレンフェの駅に
インフォメーションで1ヶ月券を購入したい旨伝えると、
るレモン色のジャケットを着ている人に言ってと若めな

おじさんにお礼を伝え、

電車は30分か1時間間隔。
当初はブッキングドットコムで空港からハイヤーを予約したが、
電車はしばらく田舎の景色の中を走り、そのうち地下に潜った。
エレベーターを降りると大きな道の前だった。

本当にこっちで合ってるの?
キャリーバッグを持ちながら写真を撮る娘たち。
大きなアパートの前で立ち止まり、
タオルやシーツのある場所、掃除道具のある場所、
この旅は1年前から計画していた。
片付けを一通り済ますと夕方6時くらいになっていた。

口コミ通り、カマレロは優しいし料理も美味しくいただいた。
もと来た道を戻り、
安売りしていたクロワッサンのボックスと袋入りのミックスサラダ
朝は7時頃起床。ゆっくりしたかったけれど、

片付けを終えたらすぐ出かけたいのに、
今日は子供たちにバルセロナの旧市街から海までを見せたい。
エル・


カテドラル、



暑い。

海沿いのレストランで食べることを諦めて、
定食を2つとイカスミパエリア2人前、お水を頼んだ。



昼ご飯の帰り、まだ太陽がサンサンとしている16時過、
少し身体を休めたので、
帰ると娘たちがジュースがほしいと言うので、
昼の残りのイカスミパエリアで夕食をとった。

スペインが好きだった20年以上前、『子供ができたら一緒にスペインに行きたいなぁ』と漠然と思っていた。
子供ができてからは何度かスペイン行きを考えはしたけれど『行くなら子供たちの記憶に残ってほしい!』と上の娘が高校1年生、下の娘が中学2年生の時に決行しよう!と決めていたがコロナで行けず、娘たちが付いてきてくれる最後のチャンスだと思い、上の娘が大学1年生、下の娘が高校2年生の2024年夏、ようやく家族4人のスペイン行きを決行できた。
計画は1年前からしていた。まずどこに滞在するかで迷った。
私は20年以上前に、4回スペインに行き、日帰り旅行を除くと、
マドリッド、メリダ、コルドバ、セビリア、バルセロナ、トレド、レオン、グラナダ、マラガ、ウブリケ、カディスに滞在経験があった。
一番好きだったのはカディス。
ではなぜ今回の滞在をカディスにせずバルセロナにしたのか。
娘が建築学科に入学したというのは大きな理由の1つだ。もう1つ大きな理由は、カディスの場合、日本から行きにくいこと。
6年前に家族でスイスに行ったことがある。その時、チューリヒで飛行機を降り、サンモリッツまでその日のうちに行く予定を立てていた。夕方にはサンモリッツに着く予定が、飛行機が遅延し、夜中0時を回った頃サンモリッツの宿泊先にたどり着いた。日本をたってから30時間近く経っていた。部屋に着いた途端、全員ベッドに倒れこんだ。
日本からカディスに行くにはマドリッドから列車で行くか、マドリッドからへレスに飛行機で行き、そこからバスか電車で向かうか、マラガやセビリアあたりからバスで向かうか、どれにしても移動時間が長くなる。行きだけでなく帰りも移動に時間がかかるとなると、自分自身の体力にも自信がなかった。
カディスは小さくていい町だ。歩いていれば海にぶつかる。知り合いに道でばったりと遭遇する。魚介もおいしい。観光するところがないところも魅力だ。住むように過ごすスペインを体験するにはもってこいの町だと思う。
バルセロナは観光都市で、観光もショッピングもアートもリゾート気分もいっぺんに味わえる。そこが魅力だ。何より日本から行きやすい。そして私が2か月過ごした思い出の場所。あれもこれも見せたい。そういうわけでバルセロナに決定した。












今日から2週間娘たちは午前中2時間だけスペイン語の語学学校に
家族で旅行していると、他の人との接点があまりない。
正直スペイン語の上達とかどうでもいい。
それで昔私が1ヶ月過ごした地区で学校を探し、
学校のある地区はあまり治安の良い場所ではない。学校の近くのバス停で降りて歩いていると、娘たちが『ここ、

学校に着くと、レセプションの方が慌ただしくしている。きくと、
さらに、今日から行くことを伝えていたのに、スペイン語初めてのクラスは今週はないとのこと。『
娘たちと別れ、


そりゃ25年も経っていたら変わるよね。その後、

娘たちの授業の終わる時間に迎えに行くと、
娘たちの機嫌が頗る悪いので、
ランブラス通りに抜ける道は昔から治安が悪い。娘たちはまた、『
エル・コルテ・

長女の機嫌はだいぶ直ったけれど、100%までは回復しない。
子供たちは帰りに家の前のショッピングモールを見てくるとのこと
買い物を済ませ、しばらく家でゴロゴロしていたが、

今日は朝10時にカサ・バトリョ、
カサ・バトリョの前にカサ・

カサ・


2時間ほど見学し、人混みに疲れて外に出たところで、
今日も暑い。まずは冷たい水を購入し、チェックしていたアルゼンチンのエンパナーダ屋さんを目指した。
覗くと誰もお客さんがいなかったのでスルーし、

そこから近くのメトロ駅まで歩き、とりあえず家に帰った。
家に帰って日本から持ってきたカップラーメンを食べ少し休憩すると、昨日のちょっとした事件を解決しに行く決心がついた。
気持ちが晴れて、
メトロに乗ると、

娘たちをピックアップし、お水を持ってサグラダ・
サグラダ・ファミリア駅から階段を上ると、

中に入ると鳥肌がたった。
私が観ていた頃はどちらのファサードもあったけれど、



昔に何度も観ているため、
で、昔サグラダ・
夕食はサグラダ・

前述したように
https://blog.hatena.ne.jp/m4ms/m4ms.hatenablog.com/edit?entry=6802340630908111233
まず日本にいるわけではないことを念頭におき、自分が狙われないようにするというだけなのではないかなと思っているのだけど、私が意識していたこと、やっていたことを6つ書いてみる。
リュックは日本では背中に背負うものだが、日本以外では前に持つものだと考えた方がいいと思う。背負ったリュックを狙われやすいのは、混んでいる地下鉄やエスカレーターだ。死角になるところは狙われやすい。後ろは見えないからリュックを背負っていたら狙われる可能性は高くなる。私は前にリュックを持つのはイヤだし、物の出し入れに時間がかかるので、斜め掛けバッグを使用した。スマホを取り出す、財布を取り出す、喉が渇いたから水を取り出す、いちいちリュックから出すのは面倒だったから。斜め掛けショルダーなら、持っているままの恰好ですぐ取り出しができるので便利だと思う。
補足すると、使用する斜め掛けのショルダーはできるだけショルダーが太かったり、レザーだったり、とにかくナイフなどで切られにくいものを選んだ方がよいと思う。
私たちはアパートメントに泊まっていて金庫がなかったので一応家族全員分のパスポートを私が持ち歩いていた。パスポート入れとお財布とスマホ、すべて太い紐をつけてバッグのショルダーにくくりつけていた。娘たちも財布とスマホは必ず紐でバッグにくくりつけさせた。そうすればもしバッグを切られても財布はとられないし、バッグから取り出して盗むこともできないからだ。もちろん落とす心配もない。
狙う人目線で考えると、暗い場所は周囲から見えにくいから狙いやすいと思う。それから人気のない場所も狙いやすいだろう。これは日本でもちょっとは気を付けるのではないかと思う。今回の旅行では私は一番遅い日で夜12時にはアパートに帰るようにし、暗くなってからの出歩きは娘を私たち夫婦の間で歩かせるなど気を付けた。
治安の面で地下鉄を避けていたわけではないが、地下鉄構内が薄暗く蒸し暑いのと、乗り換えで薄暗く蒸し暑い中結構歩くのがイヤで、バスからバス、バスからトランビアなどの乗り換えで移動した。バスやトランビアは観光客が地下鉄より少ない印象。地元の方の利用が多いので、危険そうな雰囲気はない。しかも街並み観光しながら移動できる。バスは観光の中心地も沢山走っている。だから、時間さえあればバスを乗り継いで目的の場所に行けるはず。
飲食店で席を取る時に荷物を置くのは日本だけではないだろうか。一人なら買ってから席に着く。トイレは店を出るとき、もしくは席に着く前に行く。体から離さなければ取られる確率も減る。
日本だと他の人に配慮して縦に並んで歩くが、できるだけ横に並んで歩くように意識した方がよいと思う。家族や友人が狙われた時、横に並んで歩いていたら気づくことができるから。
色々なブログやYouTubeでスペインは治安が悪いから気を付けて!と目にする。
でも、私はそんなに悪いと思えない。
狙われるーと思って歩いていると萎縮してしまって様々な面を見られないだろうし、
最初からあまり悪い印象を持ってスペイン旅行をしてほしくない、それがスペイン好きを再確認してしまった私の意見。
それに、私が思うスペイン人の気質は、明るく温厚で素朴。
むかーしむかしの話ではあるが、シンガポール航空だかマレーシア航空を使ってスペインから日本に帰る航空機で、バスが停留所に停まるようにマドリッド→パリ→イスタンブール→ドバイ→クアラルンプールのように、人を降ろしてまた乗せてという路線に乗ったことがある。本来ならば清掃が入るので、皆航空機から降りターミナルで待機できるはずが、パリかどこかに停まった際に時間がなかったのかパリで降りる人以外機内待ちになったことがある。そのアナウンスが流れた時スペイン人たちは『なんてこったー!』と口々に言っていたが、CAに文句を言う姿は見られなかった。同じようにBARで注文を待たされるような時も文句を言わないで待つ。車の運転は荒そうだが、歩行者が渡ろうとしていたら待つ。
一人に道を訊ねれば、わらわらと人が寄ってきて『あっちだ!』『いや、ちがう、こっちだ!』となる。で結局『オレはそっちの方に住んでいるから間違いない。オレについてきな!』と、それだけ心から親切でおせっかい。(この時はおじいちゃんだったから何かあっても巻けると付いて行ったけれど、危ないと思ったら『ありがとう!』と伝えて人には付いていかない方がよいよね。最近はスマホでルートも分かるしこんなことはあまりしないかもだけど。)
バルセロナに住む方もスペイン人の気質で同じようなことをおっしゃっていたので、あながち間違ってはいないと思う。
だから、狙おうと思っている人がいたら、こちら『あー、あの人私を狙おうと思ってるー!』と気づく気がする。
治安の話に戻るが、日本にいるわけではないわけだから、日本と同じように過ごしていては狙われる可能性はもちろんある。
『スペインは治安が悪いから!』とよくいうけれど、スペインは世界の治安の良さ2024で32位に入っている。(ちなみに日本は9位)
日本から比べたらそりゃランクが下になるけれど、世界的に見たら決して悪くはない。
20年以上前は円高の時代で、日本人旅行者が結構多くいた。歩いていれば日本人と思われる方と頻繁にすれ違った。その時代日本人はお金があると思われていたため狙われやすく、マドリッドやバルセロナなど、現地に住む日本人が協力して日本人が狙われないように見回りをしていたとか。
今回バルセロナに16日間滞在して、日本人旅行者の少なさにびっくりした。ほとんど日本人とすれ違うことはなかった。レストランの勧誘もまずは『中国人?』『韓国人?』『えっ?どこの人?』となり、こちらが『日本人だよ』と言わないとわからないようなことが度々あった。
で、今回の旅行では夫も私も一度も狙われなかったし、初スペインの娘2人共全く狙われなかった。
まず自分が狙われないようにするというだけなのではないかなと思う。
バルセロナの治安(2)安全対策: 海外旅行での防犯対策6つ →次ページ
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