バルセロナちょこっと情報

バルセロナ行きを考えている方へのちょこっと情報

鳥肌がたったサグラダ・ファミリア Sagrada Familia

2024年8月11日(日)

中に入って、鳥肌が立った。

すごい!圧巻!

 

https://youtu.be/sRZVDzYe9co

 

映像、画像では伝わらないから見に行ってほしい!

 

バルセロナで暮らすように過ごす滞在6日目 20年以上ぶりのバルセロナ 夢だった娘たちとの再訪

今日は少し遠出。グエル教会に行ってみる。

 

グエル教会も昔行ったことがある。無人駅から林の中を抜けて行った記憶。

2人の管理しているおじさんが色々と教えてくれた。

そのうちの1人が、昼ごはんをバルセロナの家に食べに帰るから、車に乗せて行ってあげるよ!と言ってくれた。私はその日飛行機で知り合った女の子とグエル教会に来ていた。貧乏旅行だったので、おじさんの車でバルセロナまで乗せてもらった。その子は英語とフランス語を話せ、おじさんは多分カタルーニャ語とスペイン語とフランス語と英語が少しだけ話せた。私はその頃話せたのは英語をちょっとだけ。なので会話は英語で、わからないところは時々フランス語で、のような会話をしながらバルセロナまで乗せてもらった。どこで下車したのかは全く記憶にないけれど。

 

子供たちを少し早めに起こし、9時ごろ出発。

今日の朝ごはんもなかなか豪華

距離はあるけどバスでスペイン広場まで1本。
スペイン広場でカタルーニャ鉄道に乗る。グエル教会はバルセロナからちょっと遠いけれど、例外的にゾーン1になっているよう。

地下の乗り場から出発したのが10時近く。

グエル教会のある駅に着いたけれど、とにかく人気がない。

グエル教会へは、林を抜ける記憶だったけれど記憶違いか、舗装された道から公園を抜けインフォメーションセンターへ。不気味なくらい人気がなく、公園も誰も歩いていなかったけれど、インフォメーションセンターはやっていた。

誰もいない公園

そこでチケットを購入すると、今は町全体観光名所を設けているらしく、案内マップにはグエル教会以外の建物も載っていた。

グエル教会は、、、音声ガイドも借りて説明をうけたけれど、以前のような感動はなかったな。建物も不思議な形状だし、ステンドグラスもかわいいし、ガウディが設計したイスもあるけれど、ふーん、、、という具合。なんだろう。前の感動が忘れられず、期待しすぎたかな。

かわいいステンドグラス

 

グエル教会内部 イスもガウディ設計

 

教会エントランスに向かって

エントランス前

 

グエル教会を見終えて、ちょっと休憩にBARでも寄ろうかとなったけれど、近くのBARはやっておらず、ちょっとお散歩をして

そのまま駅に向かった。

 

人気のない町

何かわからないけど素敵だったので

駅に向かう人気のない公園で

駅について時刻表をみると、わりとすぐ電車がくるようだった。無人駅なのであまり長くは滞在したくない。ところが、待っても待っても電車はやってこない。

無人駅で

15分くらいして一組のご夫婦がやってきたので、『今日は休日ですか?』ときいてみたけど、その方々も平日と認識しているようだった。

休日ダイヤに書いてある時間にようやく電車がやってきた。もうお腹ペコペコ。

スペイン広場について、地下からそのままショッピングモールに入り、目についたアジアン料理屋に入った。

メニューデルディア(定食)が意外と安かった。

 

アジアン料理屋の定食 1皿目を黄色から選び2皿目を水色から選び、3皿目が緑から選んだはず。これに飲み物とデザートがついて13.95€!

 

定食

定食

スペイン広場からすぐのミース・ファン・デル・ローエのバルセロナパビリオンにも寄りたかったけれど、無人駅で電車を待っている間に疲れてしまい、そのままバスで帰宅。

夕方、近くの蚤の市、エンカンツ市場へ。

近くのエンカンツ市場

 

バルセロナで暮らすように過ごす滞在1日目 20年以上ぶりのバルセロナ 夢だった娘たちとの再訪

2024年8月9日(金)バルセロナ到着

飛行機から下を観ると海の向こうにバルセロナの街が広がっていた。Googleマップで見ていた形が眼下に広がっている。あっという間に街が近くなる。何度も何度もGoogleマップを観てきたから、バルセロナの街のどの辺りに何があるかは分かっている。サグラダファミリアが見えた。25年ぶりのバルセロナに戻ってきたんだー!

向こうの方にサグラダ・ファミリア見つけた!

一度は真剣に住みたいと考えた街に25年ぶりに旅行者として子供たちを連れて戻ってきた。スペインに住むことを断念し、旅行者として訪れることを選び、最後にスペインに来たのは21年前。長女を妊娠する前。カディスという小さな海に囲まれた街1択で訪れた。以前に1週間だけお世話になった学校と学校から紹介してもらったホームステイ先で2週間過ごしたのが最後。
またすぐ訪れるはずが21年経ってしまった。バルセロナに至っては25年ぶりだ。
飛行機から降りて税関までの道のりはほとんど覚えていない。娘たちが飛行機の中でトイレに行っていなかったからそれが心配になっただけ。税関を4人そろって通過。
手荷物受取所に両替所があったので上の娘を連れてレートを確認。娘とレート計算をしてみた。高いんじゃないか?ユーロ基準で表示されているから慣れない。とりあえずここでの両替は辞めておくことにした。その時点でもう両替のことで頭がいっぱい。ウォレットカードは持っていたけれど、現金のユーロはほとんど持っていない。私たちがお世話になるアパートに16泊✕4人分の観光税を現金で支払わなければならないし、購入しようとしている交通機関の4人分✕1カ月券も現金じゃないと買えないかもしれない。とりあえず5万円分をユーロにしたい。
到着ロビーでATMを見つけたので早速長女を連れ操作してみる。操作はそんなに難しいことはない。けれど、何回やっても最後の最後、『お金が不足してます。』と表示されお金が出てこない。他の人も出てこなかったので、おそらくATM(にお金が入っていなかったんだと思う。なので、窓口でATMでお金が出てこない旨伝えたが、私には分からないということなので。窓口でおろすことにした。窓口レートはそんなに悪くなかったと思う。

到着ロビーにある銀行の両替所

並んでいても忘れずレシートをもらいその場で現金チェック。無事現金を手にしたのでターミナル間無料のバスでターミナル1からターミナル2に移動した。バスの中から観る風景はザ・スペインって感じでもないけれど、緑の色だとか、建物の色、空の色など、明らかに日本ではないことを思わせる。
ターミナル2は明らかに1より古くて汚い。昔のスペインを思い起こさせる。

ここで私だけトイレに行った。トイレ自体薄暗く鍵が壊れている個室もある。簡素なトイレ。昔のスペインのままだなぁ。笑
この時気になっていたのは交通機関の1カ月券をちゃんと買えるかということと、アパートのオーナーに連絡できるかということ。
ターミナル2の中心にあるエスカレーターを上がりレンフェの駅に向かう。室内仕様のデッキで蒸し暑い。長いデッキを渡り、また下に降りると駅になっている。バルセロナのような大都市の空港駅とはとても思えない、田舎の駅といった佇まい。

インフォメーションで1ヶ月券を購入したい旨伝えると、あそこにい

るレモン色のジャケットを着ている人に言ってと若めな女の人。20年以上ぶりのスペイン語、まだ聞き取りも拙い。が、彼女、レモン色のジャケットを着たおじさんのことを私のファミリーっていっていたんだけど、ファミリアじゃなくてカンパニェロの聞き間違いかしら。。。切符販売機は沢山あったけど、インフォメーションの若い女性の言う通りレモン色おじさんに1ヶ月券を家族4人分購入したい旨伝える。親切なおじさんで説明しながら全部やってくれる。3人目、4人目ともなると小銭が溜まってくる。こちらはまだ小銭に慣れていないのを察して、小銭を減らせるように券売機に入れてくれる。1カ月券を購入するにはパスポートナンバーが必要。確かその数字部分だけを入力したはず。

RENFE METORO トラム バスの共通1か月券

おじさんにお礼を伝え、ぎこちなく改札を通る。券をどこにどうすれば券売機が開くのかも分からないため、手当たり次第色々なところに券をかざし、ぎこちなく改札を通る。どうやら4人分の発券をしている間に電車は行ってしまった模様。

 

ターミナル2のRENFE駅

電車は30分か1時間間隔。日陰のベンチで電車を待ちながらアパートのオーナーにメールする。無事メールできてオーナーが思っていたより1時間遅れの電車。彼はすでにアパートで待っていてくれている。私たちのアパートはこの電車で何駅か行った駅から徒歩5分くらいの場所。何度もストリートビューで駅からのルートは確認している。
当初はブッキングドットコムで空港からハイヤーを予約したが、時間もたっぷりあるし、ユーロも高いし勿体ないと思い返し、市内バスを乗り継いでアパートに向かおうとしていた。地下鉄や電車でも行かれるけれど、バスなら道中景色も楽しめる。それをアパートのオーナーに伝えると、電車なら1本でアパート最寄りの駅に辿り着けるからそれがよいのではないかと提案してもらう。だいぶ迷ったけれど、バスに乗る場合1カ月券の購入をどこですればよいのか分からなず、電車の場合は改札の券売機で購入できそうなことは調べた結果でわかっていた。ということで、この旅の直前で電車でアパートに向かうことを決めた。
電車はしばらく田舎の景色の中を走り、そのうち地下に潜った。だんだんとバルセロナの中心部に近づいていることを実感する。スペイン広場を過ぎ、何駅かバルセロナを横断し、私たちのアパートの駅、クロットに到着した。クロットの駅は、というかどの地下駅も薄暗い。文字もやっと見える程度。とにかく早く地上に出たい。改札を見様見まねで通り抜け、エスカレーターが止まっていたのでエレベーターで地上に出た。そこでキャリーバッグがエレベーターのドアに挟まれたが、日本のようにドアが開いてくれない。無理やり引っ張ってキャリーバッグを救出。こういうことで事故が起きたりして娘たちのスペインの印象を悪くしたくない!だからなるべく冷静に明るく振る舞ってはいたものの、安全性に関しては実は日本以外を全く信用していない。
エレベーターを降りると大きな道の前だった。ストリートビューで観ていた景色を思い起こす時間を要し、頭の中で地図が組み上がった。あの建物の脇の道を進めばよいはず。

RENFE駅から上がった景色

本当にこっちで合ってるの?と疑心暗鬼の家族。大丈夫、この道を抜けるとまた大きい道に出て、その通り沿いにアパートがあるから。
キャリーバッグを持ちながら写真を撮る娘たち。バルセロナはバルセロナだけれど、中心部とは趣きが違う。ストリートビューで観る中心部は洗練された店ばかりの印象だったが、ここは昔のスペインを彷彿させる。そして中心部ではないから観光客はほとんどおらず、それでも活気がある。
大きなアパートの前で立ち止まり、アパートの入口がどの辺りか確かめると、前方で人を待つ気配を感じさせる人がいた。向こうから話しかけてくる。オーナーだ。キスではなく握手を交わしアパートのエレベーターで家に入る。スペインの1階はグランドフロアで日本の2階を1階と呼ぶ。私たちのアパートは2階、日本でいう3階にあった。家に入ると、その広さに子供たちは興奮。私がこの時気になっていたのが、洗濯機の使い方とお土産を渡すタイミング。


タオルやシーツのある場所、掃除道具のある場所、扇風機のある場所、エアコンの使い方、ゴミの出し方、バス停の場所など一通り説明を受けた後、洗濯機の使い方、干す場所などを教えてもらった。急いでお土産を出して、日本の箸と日本語で説明の書いてある富士山の絵柄の蚊帳ふきんを渡した。本当は日本酒を考えてはいたけれど、割れたら困るし重い。なるべく軽いもので日本らしい物を探した。お金を払って家を借りる訳だから本来お土産なんてなくたっていい。でも何日も家を借りる訳だし、何か気持ちを表したかった。やっぱり日本人なんだなぁ、私。家は大きな3LDK。キッチンは独立型。ダイニングテーブルもリビングソファも大きい。主寝室のベッドも大きい。他の部屋は小ぢんまりしていて窓はないけれど、寝るだけなら問題ない。キッチンは食器やフライパンなど一通りそろえてくれている。長い滞在となるのでタオルやシーツも沢山用意してくれていた。
この旅は1年前から計画していた。当然子供たちが安全に楽しく過ごせるように、出かける場所、時間などもリサーチ済。アパートに到着した後は片付けをして、アパートの周りを散策するだろうけれど、その前に夕食を食べた方が店が空いていてよいだろう。散策したらスーパーで水と明日の朝食を買おうなど。
片付けを一通り済ますと夕方6時くらいになっていた。夏のスペインは日が落ちるのは遅い。まだまだ太陽は沈む気配はない。予定通り家族で夕食を取りがてら16日間お世話になるクロットという町の散策に出かけた。クロットの駅からアパートに向かう道の雰囲気がよかったので、そちらの方で以前にチェックしてある何軒かのうち一番近くのバルで食べることにした。アパートの隣、公園に隣接するようなバルで、スペインらしく外にテーブルとイスがあるのでもちろん外席で食べることにした。というか店内の席は少なく、そこで食べている人はいなかった。この滞在初のご飯だ。スマホを取り出しメニューを翻訳してみるけれど、日本語になっていたりなっていなかったり、日本語になっていても内容が分からなかったりで、皆降参。メニューが分からないからママが頼んでっということで、とりあえず昔2ヶ月バルセロナにいたのに食べたことのない、パタタブラバスは決定、他にイカフライ、ムール貝とチョリソ、飲み物も一緒に頼んだ。

公園の入り口のBARで到着後最初の食事

口コミ通り、カマレロは優しいし料理も美味しくいただいた。食べ終わり、クロット駅の方に散策に出かけた。クロット駅を越えて、地元の商店の並ぶエリアを歩くと、Googleマップで観ていた中心部の洗練された店ではない、昔ながらの店が並んでおり、何だか安心した。地元の人で賑わっていて、こういう生活に密着したところで過ごしたかったから、なかなかよい場所を選んだなーと感じた。

もと来た道を戻り、私たち夫婦はスーパーに買い出しに出かけた。家の目の前には郊外型の大きなショッピングモールがあり、そこにカルフールがある。オーナーからもここのショッピングモールで何でも揃うことは聞いていたし、私もリサーチ済。大きなスーパーマーケットのことをスペインではハイパーマーケットと呼ぶ。中に入るとホントにデカい。通路も広いし、品数も多い。入ってすぐの右側はパン売り場。(そこで焼いたっぽいパンはあまり美味しくない。)正面はハム、ベーコン売り場。骨付きの大きな生ハムも売っている。その奥が野菜売り場。量り売りが面白い。左手はおそらく50メートル以上ある中央通路があり直行して棚列が並ぶ。とりあえず水と明日の朝食を購入しなければ。

安売りしていたクロワッサンのボックスと袋入りのミックスサラダ、量り売りのトマトとアボカドとオレンジ、それににんにく、ヨーグルト、もちろん生ハムとガスの入っていない水、コーヒーの粉、牛乳、オリーブオイルを購入。スーパーが広すぎて、そして吟味するのに時間がかかり、20時間近いフライト時間の後の身体はもう限界。先に帰った子供たちはシャワーを済ませていたので、それぞれ私たちもシャワーを済ませ、日の暮れた10時頃には就寝。

 

 

バルセロナで暮らすように過ごす滞在2日目 20年以上ぶりのバルセロナ 夢だった娘たちとの再訪

朝は7時頃起床。ゆっくりしたかったけれど、10時頃には出かけたい。娘たちは準備に時間がかかる。

夫とキッチンに入り、まずは洗濯。昨日着ていた服と昨日使用した4人分のタオルを洗濯した。そして朝食の準備。昨日購入した袋入りサラダのために、日本から持参した醤油を使用しドレッシング作り。夫がコーヒーをエスプレッソポットで炊いた。

子供たちを起こしてサラダと生ハムを準備し、クロワッサンをフライパンで焼いた。サラダ、生ハム、クロワッサン、コーヒー、オレンジとヨーグルトと普段の我が家の朝食から比べるとだいぶ豪華な食卓となった。

1日目の朝食

片付けを終えたらすぐ出かけたいのに、娘たちはやっと化粧を始めた。その間に物干しをキッチンからリビングに移動し、洗濯物を干した。娘たちがやっと準備を終えたのが10時過ぎ。

家の前のバス停からバルセロナ大学を通るバスに乗った。バルセロナを横断するグランビア通りは街に近づくほど素敵な街並みとなる。15分ほどバスに乗り、バルセロナ大学前で下車。バルセロナ大学からカタルーニャ広場に向かう道添いの店は、昨日バルセロナに着いたばかりの私たちにはどの店も楽しい。夫と私も30年以上前の学生時代、バルセロナを初めて散策した時に楽しかった覚えのある道。昔は靴屋さんが多くて、革のブーツをずいぶん安い価格(確か4999pts)で買って帰りかなり長く履いた。今は靴屋さん通りではなくて、洋服屋やお土産屋さんもある。記憶の中では結構短い道だったが、意外と長かった。私たちはほとんどのお店に入り、色々と物色。何もかもが刺激的だった。娘たちがお腹がすいたと言うので通りを渡りスペインのコンビニでスナック菓子とグミを購入。食べながら歩いた。

今日は子供たちにバルセロナの旧市街から海までを見せたい。ルートは決まっている。カタルーニャ広場からエル・コルテ・イングレスの脇を入り、海に向かって歩く。エル・コルテ・イングレスを海側に入った通りはとても歩きやすく、また、ショッピングが楽しい道だった記憶。

エル・コルテ・イングレスの脇を入ったところで下の娘が履いていたサンダルが壊れた。幸いすぐそこに靴屋があったので、そこでサンダルを購入。娘たちはとにかく色々な店に入る。今は日本から撤退してしまったマンゴでは1時間近く費やしたんじゃないかな。道がだんだんと細くなる。この辺りの雰囲気も好きだったな。ちょっとした広場のキオスクで長女が絵はがきを購入。後ほどこのキオスクでちょっとした事件に気づくのだけど。。。

エルコルテイングレスを海側に入った通り 多分靴屋の前

エルコルテイングレスを海側に入った通り

カテドラル、レアル広場と歩いたところで、ハウメに向かう道沿いのブリトー屋さんで一旦休憩。小さなタコス2つとドリンクのセットとカフェ・コン・レチェを注文。タコスは中身を選ぶことができた。観光客通りにある店だったが、金額も良心的で空いていた。スペインで困ると思っていたトイレも割と綺麗でトイレにうるさい日本人の私も使える。綺麗なところで行っておかないと、汚くて使いたくないトイレしかなかった時に困る。昔は便座なし、鍵が壊れている、電気がつかない、もちろん紙はない、というトイレも結構あったので、入れるトイレには入っておきたい。全員トイレに行き、再出発。

カテドラル

レアル広場と私たち

レアル広場

暑い。本当はバルセロネータに向かう道に小さい店が沢山あって楽しそうだったので歩きたかったが、暑さでとても歩けそうにない。ハウメ駅のそばからバスに乗った。道が工事中だったからか、バスもなかなか進まない。バルセロネータでバスを降り、ランチをバルセロネータの市場辺りの店か海のチリンギートか迷ったが、海沿いのチェックしておいたチリンギートに向かう。バルセロナの海はリゾート気分を味わえるってところも知ってほしかった。ただ、思いのほか目指す店が遠い。最初は海のリゾートを感じ気持ちよく歩いていたが、海の日差しもあり、肌がヒリヒリする。家から持ってきた水もなくなってしまった。もう限界。

バルセロナの海ー!

海沿いのレストランで食べることを諦めて、家のそばで食べることにした。海沿いの駅からトラムに乗って家の前のショッピングモールまで戻り、太陽のないモール内のチェックしてあったレストランに入った。
定食を2つとイカスミパエリア2人前、お水を頼んだ。定食の1皿目はツナサラダとボロネーゼを選び、メインで豚のステーキとパエリアを選んだ。どれも量が多く、イカスミのパエリアが来る前に、もうお腹いっぱい。イカスミのパエリアは半分以上を包んでもらい、定食のデザートを持ってきてもらった。デザートは何種類かの中からティラミス、とスイカを選んだ。

1皿目の料理

娘側にあるのが定食の2皿目の豚ステーキとパエリア

デザート

昼ご飯の帰り、まだ太陽がサンサンとしている16時過、夫と家の下のこだわりのコーヒー屋に寄ってみた。色々と説明しながら試飲させてくれた。おすすめのコーヒーをカフェ・コン・レチェで注文し家に戻った。スペインはどこでもコーヒーが美味しい。だからこだわりのコーヒーも特別美味しいかどうかは分からない。しかもこだわっているから砂糖もなかったので、家の砂糖を入れて飲んだ。とにかく暑くて疲れた。
少し身体を休めたので、18時頃夫とショッピングモールに向かった。イケアで袋用のクリップを購入してハイパーマーケットで食材を購入。
帰ると娘たちがジュースがほしいと言うので、今度は娘たちとハイパーマーケットに戻った。お土産候補をみたり色々見ていたら時間がかかってしまった。慣れない海外のスーパーは真新しくて楽しいが色々目に入り疲れる。色々カートに入れてレジへ。パイナップルをレジで通そうとするも通らない。店員さんも色々やってくれるがどうしてもレジを通らない。夕方の混む時間帯。列がどんどん長くなっていく。別に置いてある量り売り機にも登録されていないようなので、諦めると店員さんに伝え、ジュースやら他のものを購入し、帰宅。
昼の残りのイカスミパエリアで夕食をとった。 

夕食

家族旅行の夢実現: スペインへの長年の思い

スペインが好きだった20年以上前、『子供ができたら一緒にスペインに行きたいなぁ』と漠然と思っていた。

子供ができてからは何度かスペイン行きを考えはしたけれど『行くなら子供たちの記憶に残ってほしい!』と上の娘が高校1年生、下の娘が中学2年生の時に決行しよう!と決めていたがコロナで行けず、娘たちが付いてきてくれる最後のチャンスだと思い、上の娘が大学1年生、下の娘が高校2年生の2024年夏、ようやく家族4人のスペイン行きを決行できた。

 

計画は1年前からしていた。まずどこに滞在するかで迷った。

私は20年以上前に、4回スペインに行き、日帰り旅行を除くと、

マドリッド、メリダ、コルドバ、セビリア、バルセロナ、トレド、レオン、グラナダ、マラガ、ウブリケ、カディスに滞在経験があった。

一番好きだったのはカディス。

ではなぜ今回の滞在をカディスにせずバルセロナにしたのか。

娘が建築学科に入学したというのは大きな理由の1つだ。もう1つ大きな理由は、カディスの場合、日本から行きにくいこと。

6年前に家族でスイスに行ったことがある。その時、チューリヒで飛行機を降り、サンモリッツまでその日のうちに行く予定を立てていた。夕方にはサンモリッツに着く予定が、飛行機が遅延し、夜中0時を回った頃サンモリッツの宿泊先にたどり着いた。日本をたってから30時間近く経っていた。部屋に着いた途端、全員ベッドに倒れこんだ。

日本からカディスに行くにはマドリッドから列車で行くか、マドリッドからへレスに飛行機で行き、そこからバスか電車で向かうか、マラガやセビリアあたりからバスで向かうか、どれにしても移動時間が長くなる。行きだけでなく帰りも移動に時間がかかるとなると、自分自身の体力にも自信がなかった。

カディスは小さくていい町だ。歩いていれば海にぶつかる。知り合いに道でばったりと遭遇する。魚介もおいしい。観光するところがないところも魅力だ。住むように過ごすスペインを体験するにはもってこいの町だと思う。

バルセロナは観光都市で、観光もショッピングもアートもリゾート気分もいっぺんに味わえる。そこが魅力だ。何より日本から行きやすい。そして私が2か月過ごした思い出の場所。あれもこれも見せたい。そういうわけでバルセロナに決定した。

 

バルセロナ滞在5日目 20年以上ぶりのバルセロナ 夢だった娘たちとの再訪

今週は学校に行かないことになったので、娘たちの準備は遅い。何度も起こすけれどなかなか起きない。朝食を食べ、出かける準備をし、出かけたのが10時過ぎ。
 

この日の朝食
 
 
今日はエルボーン地区を散策するつもりだ。ショッピングモールを突っ切り、さらに1ブロックほど海寄りに行ったバス停からバスに乗り、シウタデリャ公園を海側に曲がったところで下車。
 

バス乗り場
 
シウタデリャ公園脇のバス通りの建物は大きく、回廊のようになっている。照明も素敵だ。その回廊にはテーブルが出ていて高そうなレストランになっている。レアル広場でも思ったが、回廊は素敵なのにどこもアンモニア臭い。正直高いお金を出してこんなところで食事はしたくない。大きな建物の脇を抜け小道に出た。旧市街の佇まいはホントに絵になる。
 

エルボーン地区で

エルボーン地区で

エルボーン地区で
 
エルボーン地区は個人のお店やギャラリーが多い。雑貨屋さんもギャラリーも見応えある。
 

革のアトリエを発見!夫も革職人なのよーと話しかけてみる
 
様々なショップを見て疲れ、一旦トリゴコーヒーで休憩。コーヒーを耐熱グラスでお願い!と頼んだけど、出てきたのは大きなカップに入ったコーヒー。まっ、いいか。店舗は観光客がいっぱいいるが落ち着いた雰囲気。トイレも割と綺麗だった。
 

トリゴコーヒー
 
 
しばらく休憩し、バス乗り場方面にある、昔よく行ったシャンパンバーに行ってみた。昔から観光客が多い店。カバが有名な店で安く飲める。スペインの牛肉は苦手だけれど、ここのハンバーガーは美味しい。メニューはカタルーニャ語で書かれている。昔は床にゴミがある店ほど美味しいと言われていて、この店はくるぶしくらいまで、ハンバーガーの包み紙が積もっていた記憶。今はきれいだった。

シャンパンバー

混んでいる店内で少しカウンターをあけてもらってハンバーガーを2つとシャンパンのロゼを1つだけ注文。確かジュースは頼まなかったような。。美味しいハンバーガーを食べ終え、支払い時に昔よく来ていたことを伝え、店を出た。
 
 

シャンパンバー
 
近くのバス停からバスに乗る。バルセロナは広い道でも一方通行が多く、バスも行きの道と帰りの道や停留所の場所が全然違ったりする。バスだと家のそばの停留所がかなり離れてしまう。バスの中で夫が調べ、途中で降りてトラムに乗り換えた。
家で昼食に日本から持ってきたカップラーメンとお餅を食べ、シエスタ。
夕方隣町に行くことを提案し、17時過ぎにトラムで昨日行った方に向かった。物騒な3本の煙突のあるところから平行してあるレンフェの駅で電車に乗り換えた。電車は海沿いを走り、バダロナに到着。このバダロナまでゾーン1の券で行ける。バダロナで降りて、駅の真ん前にある海岸でしばらく佇んだ。
夫は海に入ったと記憶している。岩の上で佇んでいると、男性が話しかけてきた。どこから来たの?バルセロナにどれくらいいるの?日本からだと遠いのに16日間しかいないの?など話し、別れた。
 

バダロナで男性と話しているところ
 
しばらくバルセロナ方面に向かって散策。その途中のチリンギートでお茶をし、おつまみにパタタブラバスを注文した。ここの海岸はもちろん観光客もいるけど、バルセロナの海岸のような派手さはない。バダロナの街も歩きたかったけれど、また来ればいいかと行かずに帰った。 
 

バダロナのチリンギート

バダロナ散策で
 

バルセロナ滞在4日目 20年以上ぶりのバルセロナ 夢だった娘たちとの再訪

今日から2週間娘たちは午前中2時間だけスペイン語の語学学校に行く。上の娘は受け入れているけれど、下の娘はイヤイヤ。
家族で旅行していると、他の人との接点があまりない。様々な人と交流してほしくて、学校に行かせる話は1年前からしていた。
正直スペイン語の上達とかどうでもいい。色々な国の色々な文化や考え方などに触れてほしい。
それで昔私が1ヶ月過ごした地区で学校を探し、学校とは何度もやり取りをしていた。
学校のある地区はあまり治安の良い場所ではない。学校の近くのバス停で降りて歩いていると、娘たちが『ここ、治安良くないよね?何でこういう場所の学校選ぶのさ』と。すぐ分かるものなのね〜。バルセロナの色々な顔を知ってほしくて、旅行者があまりいかない地区にしてみたんだけど。笑

 

スペイン語語学学校


学校に着くと、レセプションの方が慌ただしくしている。きくと、朝来たらエアコンが壊れていて動かないと。『えっ?この暑さの中、それはマズいよね。。』
さらに、今日から行くことを伝えていたのに、スペイン語初めてのクラスは今週はないとのこと。『前もって今日から行くって伝えていたじゃん!』そうなんだけど、初心者じゃないクラスしかないとのこの。どうする?と聞かれ、『とりあえず今日は初心者じゃないクラスを体験してみる』と伝えた。


娘たちと別れ、私たち夫婦は私が昔1ヶ月過ごしたサンアントニオ市場のそばの友人の家だったところに向かった。懐かしい。建物はそのまま。下にあった店だけが変わっている。

 

昔1か月過ごした友人宅があったピソ

 

サンアントニオ市場の中にも入ってみる。市場は改修されていて、中はかなり変わっていた。通路と平行に壁が立って中が一望できなくて、何がどこにあるのか分かりにくい。

 

サンアントニオ市場


そりゃ25年も経っていたら変わるよね。その後、サンアントニオからランブラス通りに抜ける道の角にあるバルに入った。25年前にもあったバル。カマレラに『25年ぶりに来たんだよー。昔2ヶ月バルセロナにいて、そのうちの1ヶ月はここの近くに住んでいたんだよー』などとおしゃべり。バルの前は工事中だったがここのバルの写真と、友人の家の写真を今は日本に住んでいる友人に送った。ずっと連絡していなかった友人に『どこだか分かる?』と尋ねたら、すぐに分かった。そりゃそうだよね。友人は何年もこの辺りに住んでいたんだから。

 

昔からあるカフェ


娘たちの授業の終わる時間に迎えに行くと、ものすごく機嫌が悪い。学校のレセプションの人が明日からどうするか娘たちに聞いてくれと言う。娘たちは授業は全く分からないし、絶対にイヤ!と言うので、仕方なく今週はなしとし、来週月曜日にまた来る旨伝えた。来週月曜日にまた連れてこれるだろうか。今回の旅は娘たちに色々な人と関わりを持つことを目的としていると言ってもよいくらい、重要視していた。なのに行くよと言っている日に、学校が初心者クラスを用意していない。それならそうと最初から教えてくれればいいのに。そういうところはやっぱり日本と違うよなーと怒りと残念さと入り交じった気持ち。
娘たちの機嫌が頗る悪いので、気持ちの晴れそうな場所でランチを提案。ランブラス通りに抜け、エル・コルテ・イングレスの上のレストランで食べようと思う。
ランブラス通りに抜ける道は昔から治安が悪い。娘たちはまた、『ここ、治安悪いよね。なんでこんな道歩かせるの。』と言う。『だってこの道を通るのが近道だから。』
エル・コルテ・イングレスの最上階にあるレストランは明るく街も一望出来て雰囲気がよかった。難しい気質の長女の機嫌はまだ直らない。食事の時間までコーヒーやアイスでつなぐ。お腹がいっぱいになれば機嫌もよくなるはず。13時になり、パスタとパエリアとサンドイッチをそれぞれのカウンターで注文し、レジで会計。学食や社食のようなシステム。味は期待していなかったけれど、意外とよい。パエリアは普通レストランで2人前からしか頼めないけれど、ここは巨大なパエリア鍋で沢山作ったのを1人分ずつよそってくれるから、1人旅でパエリアを食べたい時はいいかも。

 

エルコルテイングレス最上階のレストラン


長女の機嫌はだいぶ直ったけれど、100%までは回復しない。なのでバスに乗り家に帰ることにした。
子供たちは帰りに家の前のショッピングモールを見てくるとのこと。私たちはハイパーマーケットで買い物。夫がショートパンツがほしいというのでハイパーマーケットの2階で物色。ハイパーマーケットの2階は商品以外のものが売られている。スケッチブックや子供用の絵の具、服、スポーツ用品、靴やサンダルなど。一通り何でもある。
買い物を済ませ、しばらく家でゴロゴロしていたが、出かけることを提案してみる。娘たちは行かないと言うので、夫にトラムで街とは反対の方に行ってみることを提案した。隣町までゾーン1の1ヶ月券で行けるのはリサーチ済み。家の前のショッピングセンターを突っ切るとトラムの駅がある。そこから乗り込み終点で降りた。トラムは隣町の手前までしか行っていなくて、トラムに平行してレンフェの駅があり、乗り換えて1駅で隣町だ。私たちは隣町までは行かず、トラムの終点の海に行くつもりだった。トラムからも見えたが、この駅のそばには物騒な大きな煙突が3本建っている。その脇を歩いていくと海に出た。店もなく静かな砂浜があるだけの海。30分ほど夫は海に入り私は砂浜で佇んだ。この海はあまり好きになれない。物騒な3本の煙突の存在が私の中で大きすぎた。

物騒に感じた煙突

 

バルセロナ滞在3日目 20年以上ぶりのバルセロナ 夢だった娘たちとの再訪

今日は朝10時にカサ・バトリョ、午後5時にサグラダファミリアを予約している。
カサ・バトリョの前にカサ・ミラを外から観たいので9時頃家族で家を出た。カサ・ミラはメトロ駅の目の前にあるので、クロットからメトロで向かうことにした。L1からカタルーニャ駅でL3に乗り換えた。カタルーニャ駅の乗り換えは薄暗い蒸し暑い地下で結構歩いた。思ったより時間がかかり、カサ・ミラに到着したのはカサ・バトリョの予約時間の20分ほど前。カサ・ミラを外から眺め、なぜそこにあるのか分からないイッセイ・ミヤケの店舗に少しだけ入り、カサ・バトリョに向かった。

カサ・ミラ

カサ・バトリョの前は3列並ぶところがあり、オプションを何もつけない列に並んだ。建物に入りガイドをもらい、その説明を聞きながら回る。人がいっぱいいて落ち着いてみることはできない。途中にあるショップで色々と物色するが、何もかもが高い。ガウディの本だけ購入した。屋上に出ると、カサ・ミラのような換気口があった。そこから下に降りるルートは何だかわけの分からない演出がされていて、とても残念に思った。もっと素朴に見たかった。昔バルセロナに2ヶ月いた頃はまだカサ・バトリョは一般公開されていなくて、建物の管理人さんに入れてもらってグランドフロアからだけ眺めた記憶がある。

カサ・バトリョの中に入ったところ


2時間ほど見学し、人混みに疲れて外に出たところで、娘たちが最近原宿だか表参道に出来たという店があると入っていった。私たち夫婦はベンチで休憩。スペインはどこにでもベンチとゴミ箱がある。ベンチに座ればそこで知らない人同士の会話が始まる。そんな文化が好き。でもここは観光の中心部。皆観光客だから会話は生まれない。娘たちが出てくると、近くで安い店がありそうな通りに向かった。
今日も暑い。まずは冷たい水を購入し、チェックしていたアルゼンチンのエンパナーダ屋さんを目指した。
覗くと誰もお客さんがいなかったのでスルーし、手前にあったベーカリーで店前にでていたセットを注文し軽い昼食を食べて休憩した。

 

ベーカリー


そこから近くのメトロ駅まで歩き、とりあえず家に帰った。クロット駅から家に向う道にある八百屋さんで昨日スーパーで購入できなかったパイナップルを購入。やっぱりパイナップルは量り売りされている。葉っぱを含めて計る。食べられないのにやたら重い部分まで計るのはどうなんだろう。。
家に帰って日本から持ってきたカップラーメンを食べ少し休憩すると、昨日のちょっとした事件を解決しに行く決心がついた。実は昨日長女が買った絵はがきがウォレット決裁でダブルで会計されていたのだ。1回目に上手く取引できなかったからと再度決済したのだ。レシートは最後の1回分しかもらっていない。安い買い物だけれど、もし騙されていたとしたら後味が悪い。だからダメ元で解決しに行くか迷っていたが、時間があるのだから解決しに行こうと決めた。夫についてきてもらった。メトロに乗り、カタルーニャ広場で降り、海に向かって下った。

昨日買ったキオスクに着くと、昨日買った絵はがきを見せ、『昨日ここで絵はがきを2枚買ったんだけど、2回同じ金額を支払ってるの』とウォレットの決済履歴を見せた。すると『現金返済でいい?』とあっさり返金してくれた。そのあっさりさに拍子抜け。すごくイヤな気持ちになってモンモンとしたのは何だったんだろう。。。
気持ちが晴れて、ついでに明日から娘たちを通わせようとしている学校を下見しようと歩き出したが、夕方予約のサグラダ・ファミリアの時間までそうないことが分かり、またカタルーニャ駅からメトロに乗った。
メトロに乗ると、隣の車両からサルサの曲をかけて歌っている声が聞こえた。次の駅でこちらの車両に乗り込み、私たちの目の前で爆音で曲をかけて歌い始めた。あぁスペインに来たんだなー。夫がチップを払って、私たちはクロットで降りた。

サルサおじさん

娘たちをピックアップし、お水を持ってサグラダ・ファミリアを目指した。メトロのクロット駅から1本で行ける。そういえば私たちのアパートはサグラダ・ファミリア徒歩15分というタイトルで貸していた。とても15分で行けるとは思えない。しかも暑くてそんなに歩けない。私もこの暑さは誤算だった。もっと歩いて散策できると思っていた。夏のバルセロナは日差しも強いし、湿気もある。昼の2時3時は暑くて長時間は歩けない。
サグラダ・ファミリア駅から階段を上ると、そこにドーンとサグラダ・ファミリアが現れた。本当に大きい。25年前に何度も観たけれど、突然に目の前に現れたサグラダ・ファミリアは大きくて圧巻だった。

メトロからあがったところに現れたサグラダ・ファミリア

中に入ると鳥肌がたった。ステンドグラスが建物に反射をして色々な色の空間が広がっていた。沢山の人がいることが気にならないくらい、圧倒される空間だった。
私が観ていた頃はどちらのファサードもあったけれど、まだ大聖堂の天井はなく柱を建てていた。模型や絵で観ていた出来上がった外観はかっこ悪かったけれど、内部は想像を遥かに超えていた。


昔に何度も観ているため、今回私は観なくてよいかなと思っていたけれど、観に来てよかった。
で、昔サグラダ・ファミリアより地下にあるミュージアムの方が楽しかった思い出があり、ミュージアムも入ってみた。地下の聖堂も出来ていたから多分今は違う場所に移されていると思う。昔はミュージアムでの説明が面白かったけれど、今回はそこにあるショップが楽しかった。しばらく物色してそれぞれに何かを購入した。

夕食はサグラダ・ファミリアそばでチェックしていたインド料理屋に入った。お客さんは私たちだけだったけれど、口コミは良いし、コスパもよかった。何よりそろそろスパイスのきいた物も食べたい。注文する内容は何となく決めていた。どれも美味しかった。

インドカレー屋さんで

満足して、歩いて家に帰ることにした。30分は歩かなかったとは思うけれど、私たちの足だと15分では家にたどり着かなかった。家に帰る頃には日は沈んでいた。ショッピングモールの365というチェーン店で明日のパンを購入して帰った。 

 

バルセロナの治安(2)安全対策: 海外旅行での防犯対策6つ

前述したように

https://blog.hatena.ne.jp/m4ms/m4ms.hatenablog.com/edit?entry=6802340630908111233

まず日本にいるわけではないことを念頭におき、自分が狙われないようにするというだけなのではないかなと思っているのだけど、私が意識していたこと、やっていたことを6つ書いてみる。

  1. リュックは使用しなかった。

リュックは日本では背中に背負うものだが、日本以外では前に持つものだと考えた方がいいと思う。背負ったリュックを狙われやすいのは、混んでいる地下鉄やエスカレーターだ。死角になるところは狙われやすい。後ろは見えないからリュックを背負っていたら狙われる可能性は高くなる。私は前にリュックを持つのはイヤだし、物の出し入れに時間がかかるので、斜め掛けバッグを使用した。スマホを取り出す、財布を取り出す、喉が渇いたから水を取り出す、いちいちリュックから出すのは面倒だったから。斜め掛けショルダーなら、持っているままの恰好ですぐ取り出しができるので便利だと思う。

補足すると、使用する斜め掛けのショルダーはできるだけショルダーが太かったり、レザーだったり、とにかくナイフなどで切られにくいものを選んだ方がよいと思う。

 

  1. 大事なものはひもでバッグにくくりつけた。

私たちはアパートメントに泊まっていて金庫がなかったので一応家族全員分のパスポートを私が持ち歩いていた。パスポート入れとお財布とスマホ、すべて太い紐をつけてバッグのショルダーにくくりつけていた。娘たちも財布とスマホは必ず紐でバッグにくくりつけさせた。そうすればもしバッグを切られても財布はとられないし、バッグから取り出して盗むこともできないからだ。もちろん落とす心配もない。

 

  1. 夜中の出歩きはしなかった。

狙う人目線で考えると、暗い場所は周囲から見えにくいから狙いやすいと思う。それから人気のない場所も狙いやすいだろう。これは日本でもちょっとは気を付けるのではないかと思う。今回の旅行では私は一番遅い日で夜12時にはアパートに帰るようにし、暗くなってからの出歩きは娘を私たち夫婦の間で歩かせるなど気を付けた。

 

  1. 基本バスやトランビアで移動した。

治安の面で地下鉄を避けていたわけではないが、地下鉄構内が薄暗く蒸し暑いのと、乗り換えで薄暗く蒸し暑い中結構歩くのがイヤで、バスからバス、バスからトランビアなどの乗り換えで移動した。バスやトランビアは観光客が地下鉄より少ない印象。地元の方の利用が多いので、危険そうな雰囲気はない。しかも街並み観光しながら移動できる。バスは観光の中心地も沢山走っている。だから、時間さえあればバスを乗り継いで目的の場所に行けるはず。

 

  1. 荷物やスマホを体から離さなかった。

飲食店で席を取る時に荷物を置くのは日本だけではないだろうか。一人なら買ってから席に着く。トイレは店を出るとき、もしくは席に着く前に行く。体から離さなければ取られる確率も減る。

 

  1. 家族や友人と複数で歩く場合、横に並んで歩いた。

日本だと他の人に配慮して縦に並んで歩くが、できるだけ横に並んで歩くように意識した方がよいと思う。家族や友人が狙われた時、横に並んで歩いていたら気づくことができるから。

 

バルセロナの治安(1)

色々なブログやYouTubeでスペインは治安が悪いから気を付けて!と目にする。

でも、私はそんなに悪いと思えない。

狙われるーと思って歩いていると萎縮してしまって様々な面を見られないだろうし、

最初からあまり悪い印象を持ってスペイン旅行をしてほしくない、それがスペイン好きを再確認してしまった私の意見。

それに、私が思うスペイン人の気質は、明るく温厚で素朴。

 

むかーしむかしの話ではあるが、シンガポール航空だかマレーシア航空を使ってスペインから日本に帰る航空機で、バスが停留所に停まるようにマドリッド→パリ→イスタンブール→ドバイ→クアラルンプールのように、人を降ろしてまた乗せてという路線に乗ったことがある。本来ならば清掃が入るので、皆航空機から降りターミナルで待機できるはずが、パリかどこかに停まった際に時間がなかったのかパリで降りる人以外機内待ちになったことがある。そのアナウンスが流れた時スペイン人たちは『なんてこったー!』と口々に言っていたが、CAに文句を言う姿は見られなかった。同じようにBARで注文を待たされるような時も文句を言わないで待つ。車の運転は荒そうだが、歩行者が渡ろうとしていたら待つ。

 

一人に道を訊ねれば、わらわらと人が寄ってきて『あっちだ!』『いや、ちがう、こっちだ!』となる。で結局『オレはそっちの方に住んでいるから間違いない。オレについてきな!』と、それだけ心から親切でおせっかい。(この時はおじいちゃんだったから何かあっても巻けると付いて行ったけれど、危ないと思ったら『ありがとう!』と伝えて人には付いていかない方がよいよね。最近はスマホでルートも分かるしこんなことはあまりしないかもだけど。)

 

バルセロナに住む方もスペイン人の気質で同じようなことをおっしゃっていたので、あながち間違ってはいないと思う。

だから、狙おうと思っている人がいたら、こちら『あー、あの人私を狙おうと思ってるー!』と気づく気がする。

 

治安の話に戻るが、日本にいるわけではないわけだから、日本と同じように過ごしていては狙われる可能性はもちろんある。

『スペインは治安が悪いから!』とよくいうけれど、スペインは世界の治安の良さ2024で32位に入っている。(ちなみに日本は9位)

日本から比べたらそりゃランクが下になるけれど、世界的に見たら決して悪くはない。

 

20年以上前は円高の時代で、日本人旅行者が結構多くいた。歩いていれば日本人と思われる方と頻繁にすれ違った。その時代日本人はお金があると思われていたため狙われやすく、マドリッドやバルセロナなど、現地に住む日本人が協力して日本人が狙われないように見回りをしていたとか。

 

今回バルセロナに16日間滞在して、日本人旅行者の少なさにびっくりした。ほとんど日本人とすれ違うことはなかった。レストランの勧誘もまずは『中国人?』『韓国人?』『えっ?どこの人?』となり、こちらが『日本人だよ』と言わないとわからないようなことが度々あった。

 

で、今回の旅行では夫も私も一度も狙われなかったし、初スペインの娘2人共全く狙われなかった。

まず自分が狙われないようにするというだけなのではないかなと思う。

 

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